『鈴なり星』の雑記

こちらは『鈴なり星』の平安時代物語や創作小説以外のブログです

『中世の女の一生』

 


『中世の女の一生 保立道久著
       洋泉社¥2500』

貴族・領主・百姓・下人の女たちの運命と人生を、絵巻物や物語文学をもとに検証した本です。貴族女性のライフサイクルについてはごくわずか。大部分が下衆女といわれている身分の女たちの人生についての話です。

古代や中世の貴族たちのハレやケを含む日常生活ならまだ日記や文献があるので比較的検証しやすいでしょうが、一般民衆の日常生活、それも下衆女たちの日常を記録に残そうなんて発想は皆無だったはず。当時の感覚からすれば無価値なことだろうし。
その空白な部分を、あっちの絵巻物のワンシーンから、こっちの物語文学の一話から集めて検証していく作業が想像される本です。著者のご苦労がしのばれる良書。

その中で一番驚いた事実が、
「貴族の礼服の裳(も)は庶民の褶(しびら)で、現代のエプロンにつながる」
ということ。

貴族女性が一般に初潮を迎えた頃に行う「裳着」は、裳を着け髪上げしますが、庶民女性も、初潮を迎えて大人の年齢になった印として、腰巻として褶(しびら)を着け、元結(もとゆい)で髪を結髪します。
褶(しびら)はぜんぜん装飾的じゃないけど、仕事で汚れやすい腰まわりをおおい、濡れた手を拭いたりするのにとても役立ちます。つまり、大人として労働に参加できる年齢になった印が褶(しびら)だと言います。まさしく作業による衣服の汚れを防ぐ現代のエプロンです。
それと同じく元結も、大人として立ち働くために必要なこと。まったく束ねない整った長髪は、たいして動く必要の無い貴族だけの特権なのです。

 


上図は信貴山縁起(朝護孫子寺蔵)、下図は春日権現験記絵(東京国立博物館蔵)より。

しびらと元結。これが一般民衆女性の標準スタイルです。この格好で朝から晩まで、明け方の水汲みから月明かりの夜なべ仕事まで、家事紡績田畑仕事の一切を、一切とざっくりまとめるには過酷すぎるほどの労働をしています。
物を運ぶのはいつも頭上。水汲みの桶、食物を入れたカゴ、基本は何でも頭上運搬なので、髪の毛が薄くなるのも無くなってしまうのもきっと早かったに違いありません。

『明月記』にも『枕草子』に、
「40からを老いと言う」
とありますが、これは貴族社会の話。庶民の女は、頭上運搬の負担による頭頂部の髪の損傷は相当なものだったようで、

『女』とは年若き者、髪の汚くなる30歳以降は『嫗(おうな)』に過ぎない

だったようです。髪が傷んだら、もはや女じゃないってか。
いつの世も、髪はやっぱり「女」の命なんですね。