『鈴なり星』の雑記

こちらは『鈴なり星』の平安時代物語や創作小説以外のブログです

古典に見る野菜・ワラビ


『古典文学と野菜 広瀬忠彦著 東方出版』による、平安文学での記載回数の多い野菜第2位がワラビ。

さわらび、はつわらび、したわらび、接頭部分に何がきても物柔らかな語感の「わらび」。和歌にとても使いやすい言葉なのでしょう。

早蕨(さわらび)は、芽を出したばかりの若いワラビの葉のこと。
接頭語「さ」がつくと、なぜかしら言葉にやさしい風情が増します。
さわらび、さみどり、さよ、さよごろも、さおじか、さぎり、などなど。

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも(万葉集 巻8)

この「さわらび」は、希望の春の到来のシンボル。

源氏物語・早蕨巻』では、山寺より山菜の初穂がカゴが、例年通り送られてきます。去年までとは違い、もう父宮もいない姉君もいない、独りぼっちでカゴを見つめる中の君。山寺の僧と中の君の歌の贈答に共通するこちらの「わらび」は、人の世の無常やあわれを感じさせるものです。

平家物語・大原御幸』では、わらびが貴人零落のシンボルとして使われています。
寂光院を訪れた後白河法皇のもとに、がけを伝って歩きにくそうに降りてきた尼姿の徳子(建礼門院)と安徳天皇の御乳母。手には花かご、たき木にわらびを折り添えて持っている様子が、わびしい暮らしぶりを表しています。

わらびは日本全土に普通に見られる山菜。地下茎が長く伸びて地上に葉を出し、大きい葉は2mにもなるとか。その葉も冬には枯れ落ち、春に地上に出たばかりのこぶし状の若い葉=早蕨を食べます。
その早蕨が伸びすぎたものを「ほどろ」と言い、『方丈記』で鴨長明が敷布団代わりに敷いて寝ていたものです。
枕草子・名おそろしきもの』に出てくる「鬼わらび」。
これは、伸びすぎて食べられなくなったわらびや、わらびに似て食べられないイヌワラビやソテツ類などシダ類の総称だとか。方丈記の「ほどろ」も清少納言の言う「鬼わらび」に含まれているのかも。