『鈴なり星』の雑記

こちらは『鈴なり星』の平安時代物語や創作小説以外のブログです

『呪いの都平安京』


『呪いの都平安京 繁田信一
     吉川弘文館¥2300』


道長さえいなくなれば…』←オビのキャッチ

すべての上流貴族が、この気持ちでお腹真っ黒にしていたと思われます。
微笑を絶やさない円満な人間関係が表社会なら、他者を蹴落とし我が一族だけを繁栄させたい妄執が裏社会。興味深かったのが平安時代の霊魂観。妄執を抱いて死んだ魂は悪霊となり、

・悪霊は地獄の責め苦の合い間を抜け出しては人間界でくつろいだりする。
 そして自ら拷問されにまた戻るw

『往生要集』によると、地の底はるか1万4400kmの地獄で、1兆620億年にわたる責め苦を受ける亡者が休憩するため人間界に立ち寄り、用事をしたあとまた戻るということです。うわー戻るんだ。


・特定の場所に住み着く悪霊もいる、いわゆる住所霊。

・悪霊は人間界、特に貴族の生活圏で活発に自己アピールする。

・悪霊は恨みをはらすため俗物的な要求をしたり、人の思考を操作できる。
(ワシ死んだけど加階しろとか、特定の人を困らせる行動を誰かにさせる)

・要求を譲歩したり、反対にエスカレートさせたりと、悪霊はかけ引き上手らしい。

というのが当時の認識。悪霊って非常に人間くさい存在かも。
野心のある権力者なら、悪霊の「噂」を簡単に使いこなせそうです。

その悪霊や邪気を扱う専門家の陰陽師についてですが、公認(官人)陰陽師は多く見積もってもわずか25名ほど。少ない。平安貴族たちの私的な需要をとても満たせる数ではないので、庶民(法師)陰陽師が依頼のほとんどを処理していました。官人陰陽師が呪詛を行うことはしなかったので、それら犯罪まがいの行為はすべてこの法師陰陽師たちが行っていたようです。
その法師陰陽師もピンキリ。まっとうな僧侶出身の法師陰陽師もいれば、免税だけが目的のごろつき坊主も数多くいたとか。
紙冠を見苦しくかぶったごろつき陰陽師に祓えを頼まなくちゃいけないなんて…と、ため息ついているところが『枕草子』にも『紫式部集』にも描かれているのもおもしろいです。