『鈴なり星』の雑記

こちらは『鈴なり星』の平安時代物語や創作小説以外のブログです

『平安貴族のシルクロード』


『平安貴族のシルクロード 山口博著
         角川選書¥1400』


竹取物語』『宇津保物語』の中に登場する、シルクロード伝来の宝物たちについてのあれこれ。
宇津保物語って、「西域のお宝を使って超セレブなストーリーをつくってみたら、何故かファンタジーになってしまった」みたいなお話ですよね。実際、こんな大長編じゃなかったら、「竹取」のように『よい子の日本昔話シリーズ』に入ってたかも。

「竹取」で、かぐや姫が五人の貴公子たちに要求するアイテム。火鼠の皮衣だの蓬莱山の珠の枝だのと、実際には存在しない伝説上のお宝に見えますが、この本によりますと、全て実在するシルクロードの産物だとのこと。かぐや姫が要求する五つの宝物について、非常に詳しく書かれています。例えば、火鼠の皮衣=火浣布(かかんぷ)ってアスベスト製の布のことだとか。
とにかく本気で欲しければ、海を渡って西域まで旅しなければ拝められるかどうかもわからない珍品ばかり。そんな冒険が日本の貴族にできるはずもなし。だったら、当時最高級の書籍から得た知識を駆使して、「世界をまたにかけた物語が書けないかなー」なんて思った知識階級の貴族が考えたのが、この宇津保物語だったんじゃないかと思います。

紀伊の国の神南備種松が、常識を超える大富豪ぶりなのは何故か。
俊蔭娘と仲忠母子が住んでいた洞窟=宇津保での暮らしぶりは、あまりにも現実離れし過ぎてやしないか。
この二点に長年違和感を持っていたのですが、宇津保とは、西域世界をモチーフにしたおとぎ話だと割り切れば、納得できるような気がします。常識を超える大富豪は当時のインドやイスラムにいたでしょうし、日本の多湿な洞窟と乾燥地帯の洞窟住居は比べものにならないくらい快適さが違うんでしょう。

超セレブな人たちが繰り広げる、猥雑でドタバタな冒険ファンタジー宇津保が、悲哀に満ちた心理ドラマ『源氏物語』その他女流文学を好んだ貴族女性たちに受け入れられたかはちょっと疑問。主人公俊蔭の、西へ西への異国旅行より、一つの閨の中で繰り広げられる濃密な愛のドラマ『夜半の寝覚め』の方が、貴族女性によほど好まれたと思います。
けれど、これらの物語の作者が男性だとしたら。湿度の低い人間関係・猥雑で好色・冒険とあふれかえるお宝たち、そんな話の方が、同レベルの男性貴族たちによほど好まれたんじゃないでしょうか。