『鈴なり星』の雑記

こちらは『鈴なり星』の平安時代物語や創作小説以外のブログです

『平安貴族の夢分析』


『平安貴族の夢分析 倉本一宏著
     吉川弘文館 ¥2800』

平安時代の貴族はどんな夢を見ていたんだろうか、というより、どういった傾向の夢をどういう意図で日記に残したのか、ということがわかる本。

『権記』行成や『小右記』実資などは、現代人でも普通に見る「妙にリアルなのに全くとりとめのない」夢の内容も日記に残していますが、だいたいは日記の書き手の官職がらみから来る悩みや願望の夢が多いようです。
仕事上の問題が気になっている時こんな夢を見た、あるいはあんな夢を見た人がいた。故に仕事上の問題をこう処理した、みたいな。

著者はあとがきで、
「自分の書いた日記は、子孫に伝えられ、うるわしい作法を記した書物として珍重され、後世の人によってありがたく筆写されるのであって、こうなると一種の公式著述といってよい。日記は必ず他人の目にふれるものと決まっていれば、もう学校に提出する作文のようなもの。自分の全てをさらけだすような馬鹿なマネはやらない」
と述べておられます。何事も先の例を尊重する前例踏襲が貴族の仕事ですからね~。

馬鹿なマネと言えば、道長の『御堂関白記』はバカで粗雑な日記の内に入るんじゃなかろうか。夢を口実に仕事のサボリがとにかく目立ちます。
文章的には全くつまらない日記なのですが、著者の推測がとにかく面白い。
自筆本なので、記述の順番がわかるとか。
例えばこんな風。

1.参内しなかった、とまず書いた。(←参内が面倒臭かった可能性大)
2.その後、理由は何にしよっかなーと考え、「物忌みのせいで」と書いた。
3.でもその後他人の夢見のせいにしようと思いつき、「物忌み」の上から新たに「他人がこんな悪い夢を見たと教えてくれたから」と書きつぶした。←根性汚いw

道長の日記は裏読みがとても面白く、著者が皮肉のように「独自の文法で」とわざわざ書くほど。書き加えたり消したり、スペースもめちゃくちゃ。

万事が大雑把で夢の内容もろくに書かずに「夢見が悪いので今日は欠勤」を決め込む道長
サボリとわかっていても誰も文句言えないし、陣定(閣議)の日に欠勤しても、次出仕したときに閣議決定事項をカンタンに握りつぶして自分の都合のいいようにできる、そんな権力者道長は、昇進に関する夢はまるで見なかったとか。

昇進に関する必死な夢を殿上人は日記に多く残していますが、人事を指先一本で指図できる立場の道長にとって、自分の昇進など夢でも何でもなかったということです。

そんな粗雑な書きっぷりの道長に比べ、行成『権記』の誠実で知性的な日記に驚かされます。
病で苦痛にあえいでいる最中はらわたを引きずり出される夢を見たり、自分が死亡リストに入っている夢を見たり。そんな死にかけている夢を冷静に書いている行成が、なんつーかとても愛しい。お仕えする一条天皇を一途に思うあまりの夢の記述もとても切ないです。何て気配り第一な真面目屋さんだろう。泣ける。

ちょっと驚いたのが、皆さん「性夢」を書き残している事。行成の他に実資も淫夢を書いているんですが、現代人からすると、子孫に見られて後世に残ること確実な日記に、自分がセックスしてた夢の記述なんてどうなん?と言いたい。
どうやら当時は恥ずかしくも何でもなく、むしろ自分の精力を誇れる自慢すべきことだったらしいです。へー。